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私感「ビハーラ活動(運動)」二十一世紀の僧侶の姿勢とは

長野教区ビハーラ活動事務担当 松嶌澄雄

「私は、寺院活動の中心にビハーラ活動を据えて頑張っていきたいと思います」

  本年四月に長野教区の寺院で行われた住職継職法要の時の、若い新住職の宣言です。

  また、数年前にSBC信越放送テレビが制作、ゴールデンタイムに放映された一時間番組で、ビハーラ長野の活動を中心に構成された『お坊さんホスピス・ビハーラ -若手僧侶たちのターミナルケアへの模索』の導入部分で、インタビュアーの「なぜビハーラ活動をするのですか?」という問いかけに対し、「胸を張って僧侶と言いたいから」と、新潟教区の青年僧侶は答えています。

  ビハーラ活動が提唱されて十数年経過しました。当初は(欧米の)慈善事業的な感じを私自身抱き、その活動には批判的な立場でした。一九九〇年にビハーラ担当専従員が退職し急遽私が担当をすることになり、またその頃“教区ビハーラ組織”を結成するよう、社会部からの督励がありました。そして翌九一年六月に〈ビハーラ長野〉として発足しました。起ち上げにあたり、実践活動研究会会員の方々と、教区ビハーラ組織のあり方について討議を深め、結論として、教条的でなく「ビハーラ実践活動者個人個人の緩やかな共同体」を目指そうということになりました。これは組織のための個人(構成員)ではなく、自立した個人がその活動を最大限に発揮するための集団(組織)でありたいとの願いからのものです。ややもすると組織のために個人(パーソナリティー)が埋没させられている事例を見るにつけ・・・。

  さて、寺院の姿に眼を転じてみると、法務(葬儀・法事)、儀式中心に活動されているところがほとんどと言っても過言ではないだろうと思われます。確かに、その執行する儀式のなかで法話もあるでしょう。それが貴重なご縁であることも否めませんが。

  布教活動はどうでしょうか。本山・直属寺院・一般寺院まで含めて、最近よくでる話題は参詣人、聴聞される方が近年減少してきたというものです。この問題もその根にあるものは何だろうかということを考えると、現代寺院の体質ということまで言及しなければならなくなります。

  その両方に押しなべていえることは、教団内の活動に終わってしまっていることではないでしょうか。果たして、本来の僧侶の役割は、どの辺にあるのか再考しなければなりません。言い方は適切ではないかも知れませんが、ややもすると、既得権益(寺院としての収入)である所属寺院の門信徒の対応が全てで、現状維持寺院(教団)に変容してしまったこと。その経営に没頭せざるをえない、しなければ住職一家の生活が成り立たず、寺院維持もままならないという住職の立場。

  十年ほど前のことですが、長野教区組長会の席上、ある組長の言われた言葉が頭から離れません。それは、「うちの門徒、うちの檀家と皆さん(ほとんどの住職)は言われるが、それは考え直したほうが・・・。あくまでも門徒さんは、本願寺へのお手次であり、親鸞さまからのお預かり門徒であるということを忘れてはいけない」というものでした。

  ビハーラ活動は伝道活動か否かという問題も論議された経過もありました。私は決して伝道活動ではないと思いますが。

  しかし、ビハーラ活動を通じて教団外、つまり、社会との交流が深まり、人間関係が構築され、ビハーラ活動実践者の自然の姿を見、共鳴されて、ビハーラ活動を内包する浄土真宗に興味を示す方が増えてきています。それも一般市民のみならず、複数の浄土宗・真言宗・臨済宗等の僧侶の方、プロテスタント系の牧師さん等々、かなりの数を数えます。

  本年六月十日発行の「本願寺新報」の〈ふれあいビハーラんど~活動現場を訪ねて~⑬〉に、【ソニオ&ビハーラ長野 福沢ふじこさん】の紹介記事が掲載されています。詳しくはお読みいただきたいと思いますが、彼女の家の宗教は天台宗でした。広い長野県の南、駒ヶ根に住まわれていますが、そこには浄土真宗の寺院は一カ寺もありません。

  偶然目にされた、ビハーラ長野に関する新聞記事が縁となり、活動に参加。第九期のビハーラ実践活動研究会にて研修。ついに、本年四月にビハーラ施設まで新設されました。すべての人に対応できる、バリアフリーの室内。阿弥陀様をご安置された仏間も。

  “老”のみをご縁にしかその活動を起こしえない現代の僧侶像。そのアンチテーゼとして、彼女の行動は私たちに迫ってきています。“病”“老”に対し、薄っぺらな言葉で糊塗している、わたしにも。

  百回のお話より、たった一回の行動を見てひとは心を揺り動かされるという事実を、実感として深くとどめておきたいと思います。

  私事ですが、長野教区の専従員として奉職十三年余となりました。教化推進協議会体制から、基幹運動推進委員会体制に変わり、それとともに歩んできました。そこで運動の末端にいて思うことですが、現在の二本柱の①同朋運動、②門信徒会運動にもう一本柱を建て③ビハーラ活動(運動)を加えていただきたい、いや、加えるべきだと思います。

  私たちの教団がその存立の根本法規「浄土真宗本願寺派宗法」第二条(目的)に「この宗門は、・・・・(中略)・・・・、人類の永遠の福祉に貢献することを目的とする」と明示されている通り、社会からの要請への返答、つまり老・病・死に関わる根源的な解決をとの要望に応え、その実践活動としての「ビハーラ」を二十一世紀の社会へ敷衍することが、僧侶に課せられた使命であると痛感します。

  この拙文の冒頭部分で引用している、新潟教区の青年僧侶がいみじくも漏らした言葉。

「胸を張って僧侶と言いたい」

  この言葉は、中高年齢層の僧侶には胸に重くのしかかってきています。大きな責任を感じえざるをえません。

  “死”の延長線上の儀式執行のみが、あたかも僧侶の本分としていたわたし。

  遠い先人が自らの命まで堵して守り、伝えてくれた、み教え。

  「胸を張って僧侶と言いたい」

  この言葉に、われわれ先輩僧侶は、心底から応えていかなければならないでしょう。それも、行動とともに・・・・・。

  暁光は射し始めています。

  「私は、寺院活動の中心にビハーラ活動を据えて頑張っていきたいと思います」

  若手僧侶はもとより、これも宗門の二十一世紀の活性化の中心と位置づけてもいい、門徒推進員の皆さんにも、着実にビハーラ活動が根を張り、深まっています。

  私たちは二十一世紀に生きる子や孫に、み教えとともに、胸を張って誇りうる「広く社会に生きる僧侶像」を遺していきたいと望んでいます。

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