HOMEビハーラビハーラ活動全国集会 第12回ビハーラ活動全国集会

第12回ビハーラ活動全国集会 報告書

1.テ ー マ

「いのちによりそう」 -地域に根ざしたビハーラ活動-

2.趣  旨

これまでのビハーラ活動をふりかえりつつ、「今日の社会状況のもとでビハーラ活動が果たすべきこと、また求められていることは何か」をともに考える場とすべく開催する。

3.主  催

浄土真宗本願寺派

4.開催担当

第5連区内各教区・開教地
(北豊・福岡・大分・佐賀・長崎・熊本・宮崎・鹿児島・沖縄)

5.協  賛

龍谷大学 人間・科学・宗教 オープンリサーチセンター

6.期  日

2005(平成17)年6月18日(土)~19日(日)

7.会  場

*1日目(開会式~分科会~懇親会)
熊本市民会館   (開会式、分科会)
熊本市国際交流会館(分科会)
熊本市産業文化会館(分科会)
ホテル日航熊本  (懇親会)

*2日目(分科会報告・総括~記念講演~閉会式)
熊本市民会館

8.募集人数

488名  懇親会参加者236名

9.日  程

1日目(6月18日)

12:00 受付
13:00 開会式
13:30 開会式終了 (移動)
13:50 分科会 ※前半13:50-15:40 後半16:00-17:40
17;40 分科会終了 (移動)
19:00 夕食懇親会
21:00 夕食懇親会終了

2日目(6月19日)

8:30 受付
9:00 全体会
*分科会報告・総括
*記念講演(田代俊孝氏)
11:40 閉会式
12:00 散会

10.記念講演

「死 そして生を考える」
講師 田代俊孝氏 同朋大学大学院教授
ビハーラ医療団世話人
真宗大谷派行順寺(三重県)住職

※講演要旨別記

11.分 科 会

10分科会 
※(テーマならびに担当教区・開教地別記)

12.そ の 他

①オプショナルツアーとして、国立療養所菊池恵楓園を訪ね現地学習会を開催。施設内見学の後、第9分科会発題者蘭由岐子さんの講演ならびに質疑・意見交換を行った。入所者自治会からの参加もあり、浄土真宗に対する期待も語られた。

②メイン会場で、盲導犬を育成し福祉事業に貢献していくことを目的とした募金活動を行い、115,534円の協賛をいただき、「財団法人九州盲導犬協会」に送金した。

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日程詳細・分科会・講演 

開催担当連区より報告

開会式

アトラクション…「願児我楽夢」演奏
開式のことば
実行委員会会長挨拶
総務挨拶
来賓紹介
分科会発題者紹介
真宗宗歌
閉式のことば

第一分科会

第1分科会 「ビハーラってなあに?」 -ビハーラ活動入門講座-
発題者 山﨑美保さん ビハーラ熊本会員
野口としみさん ビハーラ熊本会員

〈前半〉-身近なところにビハーラはある日々の暮らしの中で出遇ったビハーラのお話-

1. 阪神大震災のボランティア活動を通してビハーラと出会われた、発題者山﨑さんのお話。前半は孤独の中にある高齢者の方との出会いの中で、難聴の方への話し方、またその方の辛さ・せつなさ・悲しみを共有できないきつさ、そして病院に入院中で孤独とたたかっておられる方との出来事をお話いただいた。話し方を変えてみる、命を育てることの提案など見方を変えることで孤独が薄らいでいった。

2. 参加者から8件のご意見・ご報告をいただいた。

3. 再度、山﨑さんにご登場いただき、死の恐怖を持っている人との出会いについてもお話しいただいた。

〈後半〉-施設・病院など、どこにでもビハーラはある

ビハーラ熊本の活動の中で出遇ったビハーラのお話-
1. 発題者野口さんから、ビハーラとの出会い、ビハーラ熊本活動の中で感じたこと・考えたこととして、泣いてもよい場所をビハーラでいただいたこと、限られた命・命に寄り添うことの難しさ、故柄沢さん(元ビハーラ熊本副代表)からの「駅伝のたすきをつないでいるランナーの1人」という遺言をいただいたことなどをお話しいただいた。

2. 葉山武志さん(ビハーラ熊本会員・小林病院院長)から、ビハーラ活動に望むこととして、「病院でお坊さんは本当に嫌われているの?」「お坊さんは何をしているの?」と問いかけながら「地域の財産としてお寺を活用してほしい」との要望とともに5つの提言をいただいた。

①とらわれない心
②相手の生き方に寄り添う心
③想いをわかりやすい言葉で語る
④死後にもてる希望と再会
⑤「お念仏を」といえる環境づくり

3. 小林病院を定期的に訪問する熊本教区緑陽組若手僧侶の会「ボンブ会」を代表して、外海卓也さんが、小林病院を訪問するようになった経緯や活動の内容等について報告された。

4. 参加者から入院患者のプライバシーについての質問があり、葉山さんが回答された。

熊本教区担当

第二分科会

仏教の生命観 -ビハーラの原点を探る-
発題者 内藤昭文さん 本願寺派司教 龍谷大学講師

仏教の生命観を、内藤昭文氏、土谷マチ子氏、竹中利数氏をパネラーに考える。
仏教生命観の基本は、釈尊の四門出遊にある「生老病死」。生死を分けるのでなく、生きる中に年をとり(老)、痛みがあり(病)、そして死がある、四苦をなおざりにせず生きる姿をみつめなければならせない。
私の実践は他人事でなく自分の命の問いに生き抜く。しかし我執があり離れられない自分を知る。知ることが始まりである。
ビハーラ北豊副代表の土谷氏より30年の最先端医療の中の苦悩と実践についてお話しいただく。
最先端の裏側に特化された救命至上主義 そこでは死は敗北であり、患者や家族の安らぎ苦しみがなおざりにされた医療 その中で安らかな最期、家族のケアなどを悩み続ける。
現場の者の助言は、安らかに見送る為に、患者の代弁者として家族が思いを届ける努力をする必要があるとされた。
総括としてわたしたちは最期の在り方にとらわれるのではなく、日常どう受け止めるかが大切である。生まれた命を喜び、このいただいた命の縁を出会いとして、心の底から喜べることが大切。我執(自己中心)による、疑問や壁が必ず出てくるが、その時に、今まで聴聞してきたこの心の中にある、その違いが必ず出てくるのではないか。その中に、共に生きる姿・命を大切にする姿が、きっと見えてくるはずである。

北豊教区担当

第三分科会

グリーフ・ケア -遺族の悲しみに寄り添って-
発題者 藤 泰澄さん ビハーラ福岡代表

ビハーラ活動の一環として、福岡教区の寺院で実際に行われているグリーフ・ケアの実例を発題された。家族を亡くして3年以内の家庭に案内を出し、短い法話の後、子供を亡くした人、親を亡くした人、夫もしくは妻を亡くされた方などのグループに分かれて傾聴の時間を十分にとることや、傾聴についても、相手のこころにひたすらついていく、比較・評価はしない、「あなたが泣いていたら成仏しない」とか、「頑張れ」などとは決して言わない等、具体的でわかりやすかったとの感想が多数の参加者から聞かれた。お釈迦様も韋提希夫人の愚痴を何時間も聞かれたのではないか。自坊でもグリーフ・ケアの集いを是非立ち上げたい。悲しみに寄り添うことは、私達念仏者にとって大切なこと、又当然の努めではないか。などの意見が協議会で語り合われた。

1. 講演
* グリーフ・ケアとは
* ケアについて
* 仏教とケアの関わり
* 遺族と仏教 -釈尊の傾聴と対話
-お聖教にみる遺族、喪失
* お寺、家庭の中での実際、実践例
以上を通して、愛別離苦に直面したとき、人々はどのようにあるのか、また宗教の本来の活動、社会の要請等あわせて学ぶ。

2. 協議会
* 肉親を亡くした時の悲しみや苦しみについて
* そしてそのときの僧侶の関わりの諸問題
* グリーフ・ケアをどのようにして立ち上げたか
* 住職・坊守さんたちは法務が忙しすぎて十分な関わりがもてていない寺院の現状
* 悲しみにどう寄り添うか

Etc.
共に寄り添っていくというビハーラ活動の視点について、多くの意見が出された。学んだことと体験のずれを共に感じながら、これからの課題を共有した。

福岡教区担当

第四分科会

こころで聴くボランティア養成講座
発題者 藤富 豊さん 大分県緩和ケア研究会代表
大分大学病院第二外科・乳腺外科講師
田畑正久さん 大分県緩和ケア研究会副代表
佐藤第二病院医師
中島保寿さん 瀬高教会牧師

第4分科会では「心を聴くボランティア養成講座」として、大分県緩和ケア研究会代表藤富豊先生、副代表の田畑正久先生、瀬高教会牧師の中島保寿先生の3名に講義をいただきました。今回の講演は、現在ビハーラ大分で行われている、傾聴ボランティアの人材育成を目的としたプログラムを模擬的に行ったものです。
まず藤富先生からは、ご自身が外科医として乳がんの医療に関わる中で感じた、
医師と患者との意識の違いの話、そして終末医療における患者との出会いにおいて、人間が人生を振り返る中で、昨日、今日、明日と、移り変わってゆく、その違った自分をそのまま、認める、受け入れるという世界こそスピリチュアルの基本ではないか等のお話をいただきました。
田畑先生からは、生老病死の四苦は佛教の課題だが、それはそのまま医療の課題でもあるという立場に立って、現場では患者と医者、病人と健康人という分断された関係による関わりだが、生老病死という身の事実に立ち返って、死を共有した上で、どういう対話が出来るのかをお話くださいました。また、スピリチュアルを問題にするとは、生死の問題を超えるということであり、それを共有できる文化が現在枯渇しているので対話がなかなか上手くゆかないのでは、という話をされました。佛教の縁起の法からすれば、どんな人も見えない世界に支えられているということがいえます。そういう世界を感得できる文化的共有こそ、この国のスピリチュアルケアに求められているのではないかと、話を結ばれました。
中島先生はスピリチュアルという言葉の意味と、スピリチュアルな働きをするということ、そしてスピリチュアルな人になるというテーマでお話くださいました。心理的、精神的なものとスピリチュアルなものとは別なものであるという基本をまず押さえ、スピリチュアルな働きをするというのは具体的にどういうことか、またそのための評価作りや、スピリチュアルケアを担う人になることの意味を、多くの会話記録やそのほかの事例を交えてお話くださいました。

大分教区担当

第五分科会

「院内ボランティアとビハーラ」
発題者 稲田浩子さん 久留米大学医学部小児科小児血液腫瘍グループチーフ

稲田浩子先生によりますお話をもとに、初めは、先生のスライドを中心に、特に久留米大学医学部小児科病棟の実例をもとにしたわかり易いお話でした。その後は、パネラーの方4人に来ていただきまして、話し合いをしました。
第1部では、まず稲田先生から小児ガンの特徴をお話されまして、小児ガンの中の約4割近くが白血症だということでした。ただ、現在3人に2人は完治するという状況であるそうです。ただし、また新たな問題・残った問題もたくさんあるということでした。
そのためにはトータルケア・・・身体だけでなく精神的な心理的なもの、経済的・社会的な本人に対する問題をケアしていかなければならない。そのためには、医者だけではなくボランティアを始め色々なたくさんの人からの支えで、チーム医療をするということでありました。その他にも病院のシステム・院内の保育や学級・院内の学校というようなことも進んできたということであります。他に病名の告知とかいう問題も出てきました。
あと、そういうケアに対して、ボランティアの活動・・・これが非常に力になるというような話でありました。
また、治られてからの問題もあるということです。治療が終わった後にも、再発の問題。それから既往症ということで、いままでそういう病気をしてきたということが、進学とか就職に障害がある。あと結婚。そういうことに対しても、小児ガンを体験した人の会、「スマイル・デイズ」という名前ですが、その会でもって、いろんなボランティアの方に支えていただき、その中で克服していくことでありました。病気もそういう既往症ではありますけど、病気も排除するものではなく、自分の一部なのであると認めていく・乗り越えていくということが出来るという実例をお話いただきました。
今までは治る話でしたが、今度は残念ながら治らない方たちのケアであります。子供たちのターミナルケア。これも大人と違った問題点がとても大きいということであります。先ほどお話しましたグリーフ・ケアの問題ですが、やはり子供の死の特殊性・・・これは両親や家族の方の精神的苦悩が非常に大きい。それから治療にあたったスタッフの方の悲しみも非常に大きい。そういう面がある。そこで久留米大学医学部小児科病棟では、そういう患者さんの家族の会を「木曜会」という名前で発足をされたそうです。その会で平成6年度からだったと思いますが、星まつりという追悼法要をされておられます。ビハーラ佐賀も最初から立ち会っておりますが、その中で、同じ子供を亡くした悲しみを持ったもの同士が、話をしていく、同じ悲しみをわかってもらえる人たちと一緒に乗り越えていく集い、ということで非常にありがたいということでありました。
後のパネルですが、その中で意見として、「木曜会」とのご縁をお話いただきました。その中でも、悲しみを共有する仲間というのが、非常にありがたい。それから、お互いにわかり合える世界がある。その中で生きる勇気を得ていくということでありました。
稲田先生も、始めは参加のご案内も躊躇するところがあったが、だんだん参加者も増えて、年々繰り返し参加される方は、だんだんと表情が明るくなってこられる。
医師の方々も癒される機会であるとおっしゃっておられました。他の意見としては、こういう星まつりという追悼法要があるということは、とてもうらやましい素晴らしい集いである。病院のほうから、亡くなった遺族への案内とか、医療側からの働きかけはほとんど無いというか、タブー視されることもある。遺族から病院への働きかけも出来ない・・・ありえない。そういうことなので、こういう機会はありがたいということでありました。
亡くなった子供さんの兄弟の疎外感。親御さんたちが、亡くなった子供にかかりっきりでありますから、その他の兄弟たちは、非常に疎外感を持つというか、そのあたりの問題がある。その兄弟と同じく、お父さんにも疎外感がある。ただ、本当は父親にも悲しみがあるんです。「木曜会」としても、お父さんの参加をもっと増やしたい、お父さんの悲しみをわかる機会が欲しいということでありました。
最後に、ある意見ですが、この星まつりはビハーラ活動の人たちが、もしもいなかったならば、今まで11回も存続していただろうか?という質問に対して、木曜会の方たちからは、やはりこういう仏教・宗教とのかかわりがあったからこそ、いままで存続することが出来たという意見がありました。稲田先生からも、お医者さんが「永遠の命」とか言ってもあまりピンとこないので、宗教者の方から言ってもらったほうが、ピンとくるようなこともありました。というお言葉を頂きました。

佐賀教区担当

第六分科会

私にできること -松岡病院での活動を通して-
発題者 三隅龍雄さん ビハーラ長崎代表

私たちの宗門がビハーラ活動に取り組んで20年の歳月が経ちました。変わり行く社会環境によって生じる様々な現代的課題を通して、私たちのビハーラに対する願いをもう一度確認し、問い直してみたいという思いから、「私に出来ること」をテーマとし、長崎教区が実際に活動している松岡病院での実践活動を手がかりにして、ビハーラ活動のあり方を模索いたしました。
分科会では、長崎教区の4名のパネラーが、それぞれの立場から松岡病院での活動を、法話会や居室訪問等が記録されている映像を交えながら、その取り組みが発 表されました。松岡病院での15年間の取り組みの中で、はじめは様々なとまどいがありましたが、ビハーラ活動を通して患者さんと新たな信頼関係が形成できたこと、医療従事者自身が命に対する想いを深めていったことが語られ、会場に集まった40名程度の参加者の感銘を誘いました。
また、ビハーラとの出遇いによって、患者さんたちに明らかに心の変化・バリエーションが認められる具体的な調査に基づいた報告もなされました。
一方、フロアからは患者だけではなく、その家族に対する様々な角度からの取り組み・ケアが必要であるとの厳しい問いも投げかけられ、常に長年ビハーラ活動に携わってきた人や、これから新たにビハーラ活動の大切さを認識して取り組んでいこうとする人々から、相次いで意見が出され、活発かつ有意義な分科会となりました。これら多くのご意見を頂戴することにより、ビハーラ活動が、決して特別な人達だけの活動ではなく、私にも身近なところから、いつでもどこでも実践できるビハーラ活動が数多くあることに気付くことが出来た分科会であったと思います。

長崎教区担当

第七分科会

緩和ケア病棟の現場から -私の実践活動-
発題者 横山晶子さん 三州病院緩和ケア病棟医長
福重美紀さん ビハーラ実践活動第13期生

※第1発題者 横山晶子さん
緩和ケア病棟の特徴は、①全人的なケアであること、②患者さんと同時に家族もケアしていくこと、③それをチーム医療でコミュニケーションをとりながら行っていくこと、である。
緩和ケアの目的は、癌を患いながらも自分らしく生きていただき、患者さんに少しでも「いい人生だったなあ」と思っていただけるよう援助していくことである。その中で、ビハーラ活動として医療に参加してくださっている方には度々感動させられる。福重さん(第2発題者)が届けてくださったアザミの花は、トゲが全部抜いてあり、その優しい心配りが患者さんたちにも伝わっていた。医療従事者も見習うべきことと思った。

※第2発題者 福重美紀さん
緩和ケア病棟でビハーラ活動をさせていただき、貴重な体験をさせていただい
ている。そんな中、昨年自分自身が入院を経験した。その時、病室に入る風の心地よさ、木々の緑、日本茶の香り、聞こえてくるピアノの音等、すべてが新鮮に感じられ、人は1人では生きていけない、大きな働きによって生かされているのだということを強く感じた。
思えば、10年前に父を亡くしたのをご縁に聴聞を続け、それが今のビハーラ活動へとつながっていた。これからもビハーラ活動を通して、私の生死の問題を探していきたい。
※グループディスカッション

3つのグループに分かれ、自由に意見交換を行った。
*発題者の二人は、人の思いに気持ちをはせることができる方だと思った。
*臨終勤行の大切さを考えた。
*み仏に導かれているこの私が何ができるかを考えていきたい。
等、活発に意見が出て、大いにもり上がった。

宮崎教区担当

第八分科会

地域(寺)におけるビハーラ活動の可能性
発題者 永仮秀子さん(前浄土真宗本願寺派仏教婦人会総連盟委員長)
緒方貴恵子さん(鹿児島教区祁答院組永福寺僧侶)
肥後田鶴子さん(ケアハウス寿楽苑園長、グループホームしらゆり施設長)

鹿児島教区仏教婦人会連盟では、ビハーラ鹿児島と連携をとりながら、1人で出来ること、みんなで出来ること、いつでも誰にでもできる活動ということを模索しながら、活動を進めている。

*ケアハウスでの活動
o一緒に料理をし食事をいただくふれあいの会食
oお彼岸・お盆・報恩講などの行事では僧侶の出向をお願いして、一緒に聴聞させていただく

*老健施設の活動
o話し相手、整髪・洗濯物のたたみ等の手伝い
oここでも僧侶が出向して、月一回ご法話の時間

*「めぐみ会」の活動
教区内の一つの単位仏教婦人会で、高齢者・一人暮らしの人を対象に、週一回公民館を借りて寄り合うグループ活動を20年間継続

最後に、第12回世界仏教婦人会大会宣言文に「世界的高齢社会のなかで、慈しみの心で共に支え助け合う『特別ケアー・デー』を設定し、毎年各地域でケアーの意識を昂めます。」とあります。ただ単に相手をケアーするということだけでなく、自分自身もケアーされるという意味において、まさしくこのビハーラ活動を展開することが仏教婦人会として世界大会宣言文に沿った活動であると思います。

※竹下明美さん(仏教婦人会のビハーラ活動を受け入れる施設の立場から)
「社会との交流」
o利用者の方が望む社会の交流とは、対等な対場で参加し、共有できる交流である。
oしてあげるのではなく、一緒に参加するボランティアというところが大事
o歌や踊りの披露も喜ばれることでは確かだが、それよりも、お煮しめ作りとか、一緒に参加できる共同作業的な行事が歓迎される。
「施設の中は一つの集落」
o地域とのなじみの関係を作り、入居者の方が社会に関わっているということを確認していただき、社会の一員であるという気持ちをもっていただくよう努める必要がある。

※緒方貴恵子さん(寺の住職の立場から)
なるべく要介護にならないように、という願いから、高齢者のふれあいの場を設け、平成9年より、月に1回、5箇所の場所を設けている。ゲームをしたり、折り紙を作ったり、体操したりといった交流を図っており、現在では100人を越える利用者の方がいらっしゃる。
今振り返りますと、良き仲間に出会えたことが大変素晴らしかった。最初はボランティアをすることで、人のため、どうしたら利用者の方が楽しんで帰ってくださるか、そんなことを考えて仲間の人とやってきたが、これは全て自分のためであったと、利用者の方々に感謝する日々である。

※会場のみなさんからも、ご自身の活動について等、たくさんのご意見をいただいた。特に備後教区より「花の里病院ビハーラ活動」などの寺院との連携がしっかりとれた具体的事例を紹介いただき、刺激になった。

鹿児島教区担当

第九分科会

ハンセン病問題とビハーラ
発題者 志村 康さん 菊池惠楓園入所者自治会副会長
蘭 由岐子さん 神戸市看護大学助教授

※趣旨
①参加した一人ひとりが、ハンセン病問題と深く出会う場としたい。
②これまでの取り組みも含め、今後ハンセン病問題にビハーラがどう関わっていくことができるのかを考える場としたい。
この分科会を運営するにあたって菊池恵楓園に実行委員が数回訪問して、入所者自治会の方々と懇談を行った。その中で明らかになった点について、最初に提起された。
*これまであまりにも長い年月、園外との関係を断ち切ることを強制され、名前すら仮名で生きてきた入所者にとっては、園外からの面識の無い訪問者が居室に入ってくることに対する強い不信感・恐怖感がある。
*すでに療養所は介助のための職員は十分に確保されており、ボランティアとして入所者に直接関わることは、現状としては難しいということ。
*もう一点、非常に大きな課題が確認されており、これについては、志村さんから提起があった。
かつて真宗は、現世のことはあきらめて死後にそれなりの座を得るために、念仏三昧の日々をおくれと布教してきた。入所者に諦めよとは、死ねということであり、そこに真宗がハンセン病に対して果たしてきた役割がある。庶民の中で共に生きた宗祖からかけ離れて、人々の痛みがわからぬ観念論に陥っているのではないか。また、入所者が隔離の壁を越えようとしたときに、それを抑えたのが宗教者ではなかったか。業病ということを言わしめたのは仏教であり、その布教、つまり教学を改め、これまで果たしてきた役割について反省することがまず必要ではないか。
これは、志村さんからの、「このままでいいのか」という問いかけでもあったと思うが、この提起を受けて具体的にビハーラとして何をするかという発想の前に、ハンセン病問題ということからビハーラ自体が問われているのだということを共有しならがら、議論が進められた。
提起された教学の問題ということをお互いが根底において、ビハーラとして何が出来るのかということを議論し、発題者志村さんや、助言者の蘭さん、また会場参加者の中から具体的取り組みとして、入所者の方の墓参りを実現することや、里帰り事業への関わりなどが提案された。しかし、これらも入所者の人、お一人おひとりと出会っていくこと、そしてまた、私自身が自らを問うということを無くしては、ありえないということである。
今後私たちにとって、上記のような項目の実践と同時に、自ら継承し、また知った者の責任として、知らない人への提言も進めていくということも、具体的取組として大切ではないかということ。
また、平等ということを説きながら、宗教は自らの力で隔離の壁を越えることがついに出来なかったという事実に立っていくときに、ハンセン病からビハーラが問われているということにとどまらず、教団、教えそのものがハンセン病から問われている。また同時にハンセン病からだけではなくて、他の様々な問題からも問われているのだ。そしてわたくしたち一人一人が、どこに立っているのかということが、問われているのだということを確認した。
これらを踏まえて、宗門としての方向性ということも示されていく必要性があるということも、また確認された。

※「ハンセン病問題とビハーラ」の今後に向けての提案(ビハーラ熊本より)
(1)考えよう「なぜ今になったのか」「どこから始めるのか」~学びの課題。
(2)はじめよう「人と人との出会いから交流へ」~交流の課題。
(3)歩みをすすめよう「出会って初めてわかったこと」~啓発実践の課題。
以上3点が提案された。
今後に向けての多くの課題をいただいた分科会であった。

熊本教区・鹿児島教区・沖縄開教地担当

第十分科会

人権コンサート -聴き・語り・共に考えよう “いのち”-
出演 人権(ヒューマン)バンド 願児我楽夢(がんじがらめ)
〈メンバー〉 山中 貢さん 林内隆二さん 瀧口 準さん テリー・クロフォードさん

歌を交えてのメンバーの体験談
メンバーそれぞれの身近で、「しょうがい者差別」「ハンセン病差別」「部落差別」等の差別の中に生きてこられた方々の悲痛な叫びを「歌」にして訴えている。

演奏曲目 あした天気になあれ
招かれなかったお誕生会
時の響きて
アボジ そして俺
やさしさに出会えるから

北豊教区担当

分科会総括

 各分科会の報告が予定された時間を超過してしまい、助言ならびに総括の時間がほとんど取れなくなってしまったが、菊池慈峰中央基幹運動推進相談員より簡潔に総括をいただいた。
今回の分科会は、同一のテーマのもとに小グループに分かれて行う分散会とは形態が異なり、いわゆる「共通項」を見出してまとめる性格のものではないと思います。各分科会で趣向を凝らしていただいて、分科会ごとに方向性とか課題とか、十分学びを進めていただき、お持ち帰りいただくものが出来ていたのではないかと感じました。
あえて一点申し上げるなら、やはり、「私」あるいは「個人」という単位が、このビハーラ活動を続けていく・実践していく中で、一番のベースになるところなのだと再確認しました。ただそこで、「個人」と「個人」、「私」と「あなた」というところで、信頼関係を結びながら続けられていく、「命に寄り添う」「苦しみ悩み悲しみに寄り添っていく」実践活動が、組織として連帯していく中で、それがもっと大きなエネルギーとなっていく、そのような思いを持って、聞かせていただきました。
基幹運動の中央相談員として、よく「基幹運動とはいったいどんな運動なのか」と問われるときに、「歩みを共にする仲間に出会うということを目指す、そういう運動を基幹運動と呼びたい」と応えています。まさに昨日の分科会、そして今日の分科会の報告、この後の記念講演、もっと拡大すれば、この全国集会の一つの流れそのものが、このあゆみを共にする仲間に出会う、そういった場であったなという思いを持たせていただいております。

記念講演

 「死そして生を考える」と題して、同朋大学大学院教授、又ビハーラ医療団世話人としてご活躍の田代俊孝先生より記念講演を頂いた。先生の近著である『ビハーラ往生のすすめ』の内容に沿って、特に「観無量寿経」をベースに、現実的な問題も含めて仏法を基本としたビハーラ活動の理念・中心となる心を確認させて頂いた。
「豊かな長寿社会を」とのスローガンで進められてきた日本の高齢者福祉事業には、なにかが抜け落ちてしまっているのではないか。科学医学の視点のみで「いのち」を見ることによって、「いのち」の長さが数値目標化され、モノ化されていく中で、現実は、立派な施設で不本意な死。「こんなはずではなかった。」ではなく「これで良かった。」と「いのち」の充足感の中でこの生を終わっていくには、いのちを実体的なものとして見るのではなく、仏法の「生死一如」、「無生」という視点が重要である。「観無量寿経」に於ける韋提希の悟りは、「廓然として大悟して無生忍を得たり。」とあり、その「無生忍」を親鸞聖人は、御和讃の左訓としてご解釈になり「不退の位とまふすなり。かならず仏になるべき身となるとなり。」とある。つまり平生業成。又、「観無量寿経」では、お釈迦さまは王舎城から霊鷲山へ戻っていかれ、そこに集まっていた人々に向かって阿難が、お釈迦さまが韋提希にされた説法を再説される。一つの経典でありながら二つの会座(説法の場)もっていることに意味がある。王舎城での「王宮会」は娑婆、日常の場であり、「耆闍会」は説法の場、聖なる場である。日常が再び仏法(聖)に問い返されてこそ、この日常が仏事になる。聖なるものが、俗なるものにいって、俗が聖になる。その循環の中で、この俗が仏事となる。ビハーラ活動も、仏法に立ち返らなければ、ただボランティアになってしまう。仏法の世界に問い返されてこそ初めて、共に寄り添い、共に学びながら「これでよかったのだ。」という世界を共有できるのではないか。そのことを語り、伝えていくのがビハーラ活動ではないか。との貴重な講演であった。

記念講演 田代俊孝氏
講  題  「死そして生を考える」

プロフィール  1952年滋賀県生まれ
同朋大学大学院教授・名古屋大学医学部
大谷大学非常勤講師・ビハーラ医療団世話人
真宗大谷派行順寺(三重県)住職

主な著書 『親鸞の生と死-デス・エデュケーションの立場から』
『悲しみからの仏教入門(正・続)』
『仏教とビハーラ活動-死生学入門-』
『講座いのちの教育』全三巻(以上法蔵館)
『市民のためのビハーラ』全五巻(同朋舎) 他多数

閉会式

開式のことば
実行委員会委員長挨拶
ビハーラ代表者会代表挨拶
恩徳讃
閉式のことば

 

 

 

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