「ビハーラ」(Vihara)とは、古代インドにおいて仏教経典の記録などに使用されたサンスクリット語で、「精舎・僧院」「身心の安らぎ」「休息の場所」を原意とします。インドからインドネシアのプランバナンに仏教が伝来して建設されたチャンディ・カラサン(カラサン寺院)などは、その形を今に伝えています。
ビハーラという言葉は、昭和60(1985)年に、当時仏教大学社会事業研究所にいた田宮仁研究員が、水谷幸正学長と相談し提唱されました。田宮仁氏は、そのビハーラという言葉を「仏教を背景としたターミナルケア(終末医療)施設」の呼称として提唱されました。「仏教ホスピス」では木に竹を継いだようなので、仏教主体の言葉として主張し、寺院と病院をあわせもった施設をビハーラとしています。その背景には、誰もが抱える「生・老・病・死」の苦悩について、医療や福祉だけでなく、仏教徒が一緒になり、責任をもって応えていきたいという願いがあります。振り返ってみると、釈尊の時代から日本の浄土教に至るまで、仏教徒が病人をあたたかく看取り、これを縁として、自分自身の人生を見つめ直し、皆ともに助け合って、「生・老・病・死」を超えたまことの仏法を求めました。源信和尚の『往生要集』に説かれる臨終行儀や看取りの場所としての「無常院」などは、浄土教独自の活動でした。
当初は、ビハーラ実践活動基本構想(1987年3月決定)によると、「入院・在宅を問わず、病床に伏す人々のもつ精神的な悩みに対し、それを和らげ、人間としての尊厳を保ちつつ生きられるよう、家族など多くの人々とともに宗教者として精神的介護(ケア)にあたるもの」をビハーラ活動としています。そこに安らぎが生じ、生老病死を見つめ、いまここに生きている意味を問い、具体的活動を展開することをいます。如来の本願を聞きひらき凡夫にめざめた生活姿勢を基本として、人々の苦しみや不安に共感し、それらを和らげる行動としています。
あらゆる生命ははかないものです。その生命のうえに、仏に願われたいのちのかけがえのなさに目覚め、お互いが思いやりあうところに仏教徒の生きる姿勢があります。(本稿では、生物的命を「生命」とあらわし、宗教的生命を「いのち」とあらわします)。
私たちは病院や施設で死を迎えるようになりました。日常、身近に死にふれることが少なくなった社会では、病院や施設ではじめて大切な人や自分自身の死と向き合います。病の苦しみを抱えた患者やその家族が心の救いを求めている時に、私たち仏教徒がその方々のそばにいて、話を聞いてあげることができたら、その方々の心の支えになることでしょう。すなわち、臨終もまた一つの平生であり、この世を超えた真実を求める時期であるといえます。
宗門では、昭和62(1987)年に「ビハーラ活動」が始まりました。この「ビハーラ活動」とは、仏教徒が、仏教・医療・福祉のチームワークによって、患者を孤独のなかに置き去りにしないように、患者とその家族の心の不安に共感し、少しでもその苦悩を和らげようとする活動です。すなわち、不安や悲しみを抱えた患者と家族を全人的に支援する活動、いのちの尊さに気づかされた人たちが集う共同体を意味します。
ご門主様は『教書』のなかで、如来の本願を仰ぎ、凡夫に目覚めた私たちの生活の姿勢について「自分だけの殻に閉じこもらず、自分自身がつくりかえられ、人びとの苦しみに共感し、積極的に社会にかかわってゆく態度も形成されてゆくでありましょう。それが同時に、開かれた宗門のあり方でもあります。」と述べられています。ビハーラ活動はまさしく人の苦しみに共感し、本当の心の安らぎを求める活動です。
ビハーラは理念から出発するというより、生老病死に苦悩する現実に関わる活動から始まるものであるといえましよう。ビハーラ会員の共通認識し、社会の理解を受けることのできるよう、最初のころの10年は「ビハーラ活動の方向性」を4か条で示しました。
その後、新に検討を加え「ビハーラの5つの方向性」として示し、その共通理解のもと現在のビハーラ活動は進められています。それぞれの項目ごとの詳細な意味内容・活動方向も決められていますが、ここに省略して示します。
1.広く社会の苦悩にかかわるビハーラ
2.自発的にかかわるビハーラ
3.相手の心に聴くビハーラ
4.医療・福祉と共にあるビハーラ
5.深くいのちを見つめるビハーラ
それでは各教区ビハーラで提示している、ビハーラの理念に関しますスローガン等について挙げておきます。(第12回全国集会資料より)
目 標 「御同朋の社会をめざして」
テ ー マ 「苦しみの中で 共に安らぎを」
活動方針 「浄土真宗におけるビハーラケアの探究」
仏教徒の立場で老・病・死に接し、自他のいのちの重さ大切さに目覚め、支えあい・学びあうために、会員一同、実践・研修に努めていきます。
「私にできる範囲から、楽しいビハーラ活動」が「心のふれあい、いのちの共感」へと繋がっていきます
願われたいのちの尊さに気づき、孤立したこころとこころをつなぐ活動を
いのち まいにち あたらしい ともに手をつなごう ともに生きよう ともに聞こう
老・病・死の苦悩を持つ方々とのふれあいを通して喜びも、悲しみも、怒りも、楽しみも、痛みも共に分かち合えたら
・・・そして私たち一人ひとりの生死を見つめていきたい・・・。
スローガン「豊かないのちをめざして!」
活動方針 ビハーラ活動・学習を通して、いのちをみつめ、いのちを輝かせ共に歩み、共に支えあい、現代社会の課題に応える。
ビハーラは、浄土真宗の教団の活動であり、浄土真宗のみ教えに基づいた活動です。ビハーラ活動において人と人とが交流するとき、互いに同じ視点に立つことで、信頼し合い、いたみが共に伝わっていき、そのことによって課題を共有化していくことがこの活動の願いであります。つまり、信心に基づき、連帯に立った諸活動であることを確認する営みであります。(以下略)
「医療と福祉と共に」
病床や高齢者施設におられる方々、またそのご家族の精神的な不安や苦悩に寄り添い、それらを和らげ、安住を促し、医療・福祉関係者などと共に、生き抜こうとされる方の支えになろうとすることを主眼とする活動を「ビハーラ活動」として提唱し、振興する。
いのち みつめて おいること やむこと しぬということ
いのちによりそうビハーラ「ビハーラ」とは、「安らぎの場所」という意味のインドの古い言葉です。考えてみますと、私たちは現代社会の中で本当の安らぎ場所を見失っていないでしょうか。私たち「ビハーラ熊本」は、仏教(浄土真宗)が教えるいのちの尊厳と平等のこころをともしびとして、本当の安らぎを求める人々のいのち(生老病死)によりそいたいと願うものの集いです。
「まずは行動を!」をスローガンとして、現場において人間の誰しもが抱える苦悩(生・老・病・死)を通して、共にみ教えに出会っていける環境づくりや、自分自身が多くの人(いのち)の支えによって生かされていることに気づかせていただくことから始めていきたいと思います。