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3.ビハーラ活動の現状分析
(2)ビハーラ活動の現状

 ビハーラの養成研修を終えた人たちは、ビハーラ活動する仲間を募って活動するか、教区ビハーラに所属してその活動するか、既に活動しているビハーラ活動グループの一員に加わって活動するか、このうちいずれかの方法をとる。

  中央(本願寺)でのビハーラ養成研修を受けた研究会会員は649名であり、その人たちを含めて教区会員は3000名を超えるビハーラ会員が存在している。1987(昭和62)年ビハーラ福井、ビハーラ大阪の結成以来、現在では全教区にビハーラが結成されている。しかし一歩踏み込んでみると、組織も活動も教区間では違いは大きい。見方を変えれば教区の実情に合った活動をしているということである。また、ユニークな特徴のある活動をしていることにもなる。(『ビハーラ活動提要』1996年度版28頁教区ビハーラ活動状況一覧)

  全国の教区ビハーラを構成する会員全体の男女別や僧侶・寺族・門信徒別を知ることはできないが、研究会会員の状況(「ビハーラ活動提要」1996年度版23頁~27頁)から類推すると、およそ男性3割、女性7割で、僧侶5割・寺族と門信徒5割の構成と想定される。また年を追って、女性の比率、門信徒の参加率が高くなっているようである。

  ビハーラ会員がビハーラ実践活動をしている「病院・医院」は、次の37カ所である。

ビハーラ実践受け入れ医院・病院

北海道 札幌慈啓会病院
東 京 小板橋病院・宮崎病院・国立がんセンター中央病院
長 野 愛和病院緩和ケア病棟
国 府 麓病院
新 潟 長岡西病院ビハーラ病棟
富 山 篁整形外科医院・常願寺病院・誠友病院
石 川 佐原病院
福 井 北潟病院・福井中央クリニック
岐 阜 八幡病院・みどり病院・岐阜市民病院・岐阜南病院・長谷川病院
滋 賀 滋賀医科大学病院・成美病院
京 都 峰山中央病院
大 阪 喜多病院
山 陰 西川病院
四 州 国立高松病院・木下医院・波方中央病院
備 後 ビハーラ花の里病院
安 芸 青木病院・清水医院・広島市民病院
山 口 安岡病院
福 岡 那珂川病院
大 分 和田病院
佐 賀 県立佐賀病院・久留米医大
長 崎 松岡病院
熊 本 みゆき病院

次に、老人ホーム・特別養護老人ホーム、そして老人保健施設まで含めて「老人施設」へ出入りしているのは、次の67施設である。

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ビハーラ活動受け入れ老人施設(老人保健施設を含む

北海道 慶寿園・銀河荘・ニセコハイツ・いちい荘・緑寿園・愛誠園、羊蹄ハイツ・あそか苑・帯広けいせい苑
東 京 あそか園・緑風園・さくら園
長 野 長峰学園・杏寿荘)
新 潟 グリーンヒル与板・あやめ寮
富 山 すみれ苑・梨雲苑・富山シルバーホーム・オラハウス宇奈月、シルバーケア今泉・富山リハビリテーション富山老人保健施設、西町セントラルヴィレー・チューリップ苑・仁泉メディケア、風の庭・光風苑・白光苑
高 岡 雨晴苑・福寿苑・老健サンセリテ・長寿苑・さくら苑
石 川 鹿寿苑・第二長寿苑
福 井 朝倉苑・みどり荘
岐 阜 巣南リハビリセンター・いこいの里・寺田ガーデン・岐協
東 海 陽光苑・泰山荘
滋 賀 長浜荘・真盛園
奈 良 光明園・かなはし園・室生園・美吉野園
大 阪 サンシャシン高石・慶徳会・白寿会・ユーアイ・ビハーラこのみ園
和歌山 潮光園
兵 庫 ふじの里・うぐいす荘・まどか園
山 陰 桃源の家・岩井あすなろ
四 州 百寿荘・弘恩苑・さぬき老人ホーム千歳・千歳苑
備 後 寿園・藤江荘
安 芸 御園寮・ひうな荘・三篠園・江能福祉会・光清苑・和光荘
山 口 はまゆう園・阿北苑・みのり園・須佐園・青景園
大 分 メディア富士ヶ丘・メディトピア古賀・静雲荘
佐 賀 長生園・清水園・桂寿園・メイプルハウス・野菊の里・くにみ・白寿園
長 崎 ひらどせと
熊 本 桜ヶ丘寿徳園・ひろやす荘
宮 崎 長生苑・わにつか荘・橘デイサービスセンター
鹿児島 城山老健・城西ナーシング・輪光無量寿園

 以上の病院・施設のほか在宅訪問・在宅ケアにかかわっているのは、岐阜・石川・四州教区である。阪神・淡路大震災の救援活動のあと仮設住宅を訪問し、教区単位で“こころのケア”にかかわっているのは、長野・岐阜・東海・大阪・安芸教区である。また、東京教区のように常時電話相談のできる体制を整えているところもある。

  そのほか、がん患者の語らいの集い(東京)ボケ老人を抱える家族の会、生と死を考える会、ターミナル・ケア懇話会(富山)高齢者施設別院参拝交流会(安芸)といった場づくりをするような多彩な活動をしているところもある。

  施設や病院での活動は月1回が最も多く、ついで月2回となっている。活動内容は受け入れ側と話あって決まるので一様ではなく、単純な草取りから、入院入所の人たちと会話を交わす配食活動、なかには種々の介護ケアまである。人間関係・信頼関係が深まれば、“こころのケア”が生じ共に成長していくことになる。滋賀医大でのビハーラ活動は受け入れ側の期待も高く、ビハーラ会員は人工肛門をつける患者たちとかかわっている。そのため第1の手術不安、そして第2の人工肛門装着の不安について学習することになった。しかし、現場では無償のビハーラ会員が話し相手になるだけで、ペーシェント(患者)が安心し、人間変化をも起こってきた例がある。

 上記の集計表のように、ビハーラ活動の形態は、ビハーラの会組織による活動実践をしている形が半数で、圧倒的に多い。教区を拠点としているビハーラで、事実上ビハーラ活動が行われているのが大半である。

  いまや、21世紀の社会福祉は、少子化、超高齢化社会に即応して大きく変わりつつある。そのなかで、地域サービスが重点となるだけに、地域に寺院拠点のある教団全体の地域福祉に果たさなければならない社会的責任は大きい。今日、コミュニティ・ケアにおける「こころのケア」の分野や、組織を生かした家事援助サービスへの関わりが期待されていることが理解できる。

  また、教団内の社会福祉施設は、次のようになっている。

●老人福祉施設123

特別養護老人ホーム  36
デイ・ケアハウス    2
老人保健施設      5
養護老人ホーム    12
デイ・サービス    39
老人いこいの家     3
軽費老人ホーム     4
在宅介護支援センター 20
有料老人ホーム     1
作業所         1

●児童福祉施設725

保育所       696
知的障害児施設     1
児童養護施設     19
知的障害児通園施設   2
母子生活支援施設    2
児童館         3

●身体障害者福祉施設11

身体障害者療護施設   2
デイ・サービス     2
作業所         2
知的障害者更生施設   5

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 また、47施設によって、「本派関係高齢者福祉施設連絡協議会」が結ばれ、そのうち10施設にビハーラ実践活動が受け入れられている。

  さらに、各教区では45カ所の福祉施設へ、布教活動が実施されているが、1997(平成8)年度の実施報告によれば、延べ518回布教が行われている。このうち、4カ所はビハーラ実践がされ、重なりあっている。

  ビハーラ活動では、居室訪問や身体的ケアを通じて得た一人ひとりの老人がもつ問題や心情にふれて法話がされている。それでもなお、現場を見聞しているある病院の総婦長は次のように言っている。

法話をされる僧侶の方がたは、自分のもっている宗教的内容を伝えたいという思いが強く出すぎている。聞いている方は、「薬師如来を拝んだら痛みが和らぎ、病気はよい方に向かいますか」といったことが、抱いている気持ちなのである。その問いの心情を理解し、門前払いのようにしたりすれ違いのままで法話をしないようにしてほしい。

このような要望の奥に潜む病苦に切実に対応することが大切であろう。

  今日、螺旋反応(スパイラル・レスポンス)といわれるように、ビハーラではクライエント(入所者・相談者)の直面している現実から出発し、展開していくあり方が基本である。クライエントの表現するものに的確に応答し、より活発にし、深化していくことが重要である。

  そのため、「法話」では、絵の上手な老人や患者に「二河白道」を描いてもらい、それを話材として深める方法をとっているビハーラ会員もでてきている。

  さらに、等身大の御本尊を描き、各宗の祖師方を脇に描いて、応答しながら「法話」をしている僧侶や、また、共に歌をうたい、その歌詞から話材を展開している人もでてきている。対象者のニーズに沿いながら、従来になかった法話展開がされてきている。

  「障害」などの度合いに見合った関心事の調査をして、それに触れながら法話進行をしたり、法話を聞ける雰囲気づくりから導入する方法もとられている。このように法話をする場合も、これまで見られなかった様々な手法を生み出している現況といえる。

  ビハーラ活動は、相手の苦悩に関わり、その現場に身体をもっていく〈信仰のパントマイム(無言劇)〉である。ビハーラは、これまで見られなかった伝道領域を拡大しているといえよう。つまりそれは、対象者の福祉を第一義とするものであって、伝道の機会とするか否かは第二義とするものである。ビハーラ活動は、教義を宣布する直接手段でなく、教えにめざめた者の身を、苦悩する病人や老人のところへもっていく活動である。医療や福祉の現場は、同宗・同信の人だけの場ではなく、時には、それぞれの信仰を尊重し、信仰をもたないことを信条とする人のいることも認めて関わることも大切なことである。

  次に、ビハーラ活動における仏教婦人会についてであるが、その会員の活動は年々拡まり、内容も豊富な経験をとおして深まってきている。

  今後は、山口教区・北海道教区に見られるように、仏教婦人会が近隣の病院や施設に組織的に関わったビハーラ活動へと拡まることを期待したい。

  北海道教区に例を挙げると、特養「羊蹄ハイツ」において、東林寺仏教婦人会が月2回シーツ交換や居室訪問をしている。特養「ニセコハイツ」の場合、照覚寺仏教婦人会が月1回居室訪問清掃、シーツ交換、散歩介助を実施している。さらに、特養「銀河荘」は、富貴寺仏教婦人会が対話活動によって老いを学んでいる。

  このように地域に根づいたビハーラ活動には地道な仏教婦人会会員による継続的な行動が欠かせないものになっている。

  阪神・淡路大震災直後の、1995(平成7)年2月4・5日、築地本願寺を会場に「第2回ビハーラ活動全国集会」が開かれた。閉会に近い時間にビハーラ会員から「ビハーラの皆さん、救援活動に立ち上がってください」と声が上がり、ビハーラ専門委員からもバックアップの発言があった。全国集会のアピールは、決議され、大阪教区寿光寺を拠点に“こころのケア”を中心とした救援活動が開始された。その後、ビハーラ救援センターを本山に移し、専従コーディネーターも置かれた。

  1995(平成7)年の4月から8月までに、被災地への訪問回数は402回に及んだ。仮設住宅では、六甲アイランドをはじめ17カ所へ、1995(平成7)年4月から翌々年の3月までの2ヵ年で1,627回の訪問回数となった。(参照「浄土真宗本願寺派阪神・淡路大震災の記録」)

  震災のビハーラ活動に当たって、「災害ストレス-心をやわらげるヒント」の被災者の心身の変化は、各人に大いに役立っていた。

  「癒し」とは悲しみや苦痛を和らげるという意味である。癒しの行為は、病める苦悩の状態を見いだして、これにかかわることである。また、癒しとは、人間の「いのち」への働きから生じるものであり、思いやりを感じ、気づかいをすることを通して、共感が生まれ、そこに信頼関係ができあがってくるものである。

  ビハーラ活動が、「震災にかかわるのはどうか」という声は、ビハーラ活動を限定された範囲に閉じこめることになる。むしろ自己のかかわることが拡がっていくところに、念仏者としての“しるし”があるといえる。それは、米国に花開いているホスピスが、麻薬中毒患者や非行青少年にかかわることにまで広がりを見せていることなど、その証左である。今日の、老・病・死の現場は、〈いのち〉の尊厳が問われる場でもあるが、現実は〈いのち〉を軽視する状況が増えるばかりである。今、まさに生命倫理にどう応えるか、問われているのである。

  次に、ビハーラ活動と宗門における位置づけについて考えてみたい。

  念仏の真実性は、これらの困難の諸状況を見つめ、ともに苦悩に共感し自らが担っていこうとするとき、いよいよ明確になってくる。宗門のすすめる社会福祉、とりわけビハーラ活動は、基幹運動推進体制の中にある。しかし、それ自体は宗門機構図においても載せられていないし、また本派社会福祉推進協議会においても図示されていないという現状である。

  そこでビハーラ活動を各教区の組織に照らしてみると、次のとおりである。

ビハーラ活動受け入れ老人施設(老人保健施設を含む)

北海道 基推委の中の社推協 和歌山 所属団体に同
東 北 基推委の中の社推協 兵 庫 基推委社会教化推進委員会
東 京 基推委の中の組織・独自 山 陰 基推委部門社推協
長 野 独自(基推と連携) 四 州 独自
国 府 独自 備 後 独自
新 潟 社推協(教化団体) 安 芸 所属団体に同
富 山 基推委 山 口 所属団体に同
高 岡 独自 北 豊 独自
石 川 基推委 福 岡 独自
福 井 社推協(所属団体) 大 分 基推委
岐 阜 基推委の中の独自 佐 賀 独自
東 海 独自 長 崎 独自
滋 賀 所属団体に同 熊 本 基推委広報伝道部
京 都 基推委部門社推協 宮 崎 基推委の中の社推協
奈 良 基推委福祉問題部門社推協 鹿児島 独自
大 阪 独自 1999(平成11)3.1現在
事務局調べ〉

 全国的に教区ビハーラは独自組織が12教区あって最も多い。所属団体と同様に、基幹運動推進委員会の各部門以外のところに位置づけている教区が4教区ある。恐らく構成メンバーが医師や看護婦を含めて、従来の門信徒中心の所属団体に同様に扱えない理由と活動場所も宗門の外にある病院や施設や在宅であるためであろう。

  基幹運動推進委員会のどこかの部門に位置づけられている教区は、理念からも組織統一からも合致させ混乱をきたさない体制をとったと考えられる。その他の教区は、所属団体と併行した扱いや、社会福祉推進協議会教区支部の傘下におくなどして、それぞれの教区の事情に合わせている。

  このように教区ごとの位置づけが一定していないのは、ビハーラの教区組織を形成することをすすめたが、その位置づけを指示していなかった結果である。この教区位置づけを統一するか否かということと、中央のビハーラと社推協の組織問題を検討することは連動しているものと考える。

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